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越境情報紙「三遠南信Biz」

2023年7月号

女将ストーリー 「17歳の夏に」

更新日:

日本料理「清月」女将・書家

青山芳子

高校2年生の夏休み、私はライオンズクラブの交換留学生としてカナダでホームステイを体験した。1ドル300円の時代で海外に行くことがまだ珍しく、私の身を案じた親戚や知人からは両手いっぱいになるほどお守りが集まった。その中にはカエル(無事帰る)の置物もあった。

2023年7月号掲載「17歳の夏に」

出発までの準備期間に、私の好奇心はどんどん膨らんでいった。ホームステイ先の家族との文通は楽しく、辞書を片手に書いた手紙や返事を待つ間のワクワク感は忘れられない。

日本の伝統文化の紹介として、急きょ日舞のお稽古を始めることになった。着物も一人で着られるようにしなければならない。母は振袖の裾がちょうどよい長さになるよう腰の位置で縫い上げ、作り帯も用意してくれた。

出発が近づいてきた頃、父が宴席を設けると言い出した。親戚はもちろん、ライオンズクラブのメンバーや高校の先生、ご近所の方までお招きして、我が家(料理屋)の大広間で宴会が始まった。芸者さんも何人かいたと思う。父と母はお酌をして回っていた。

私が着物で登場すると拍手がわき起こった。深々と頭を下げ、琴を弾き始めるとパッと場が華やいでいくのがわかった。カセットテープの音楽に合わせて「さくらさくら」も踊った。3カ月足らずのお稽古でまともに踊れるはずもなかったが、父は酒を飲みながら上機嫌だった。

「まるで時代劇のワンシーンのようではないか」。あの時父に命じられて作り笑いで琴を弾き、扇子を手に踊ったことがどれほど嫌でたまらなかったかを書こうとしたはずだった…。それが今、両親への感謝の気持ちに変わっている。胸が熱くなった。

父と母の関係は今の時代で言う事実婚であった。父には正式な妻と3人の子どもがいた。私が誕生した時、世間がどれほど騒いだかは容易に想像できる。しかしながら私の幼少期の思い出は、母親の違う兄弟とその母親の(私はおばさんと呼んでいた)温かい愛情なしに語ることはできない。不思議な境遇で育ってしまったのだと思う。

カナダへ出発の朝、見送りのために大勢の人が集まってくれた。新聞記者さんもいた。お人形のようなドレスを着た私は花束を受け取り、皆に手を振った。17才の夏、人生の宝物となる思い出作りが始まっていた。(新城市)

三遠南信Biz2023年7月号掲載

バックナンバー(サンプル)
2023年7月号掲載「17歳の夏に」
2023年310月号掲載「麗しきコートダジュール」
2024年2月号掲載「レコード日和」
2024年3月号掲載「ヨシコの七不思議」

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