日本料理「清月」女将
書家 青山芳子
日本のバブル景気を特集した番組で「ヴァンサンカンツアー」が紹介されていた。25ans(ヴァンサンカン)という雑誌が企画したツアーで、私が参加したのは1984(昭和59)年の第2回「パリ・モナコ8日間の旅」だった。
出発の日、成田空港には毛皮のコートに身を包んだ女性たちが30人ほど集まっていた。スキー場に行くようなダウンジャケットを着ていたのは私を含めて数人だったと思う。
ホテルの部屋割りで7歳年上の美しい女性と同室になった。
「パリでは銀の食器とカルティエのリングを買うつもり」と言い、毎朝美容室でセットしてもらっている髪を自分で三つ編みにしたいから手伝ってほしいと頼まれた。私は秘かに「お姫様」と呼ぶことにした。
夕暮れ時のパリの街角では、道を尋ねようとすると手と頭を横に振って取り合ってもらえなかった。絶望感を感じていると突然美しい発音で声を掛けられた。「Do you need help?」
かくして親切な紳士のおかげで私は無事にホテルに戻ることができた。彼は米国の某有名ニュース番組のキャスターであった。
翌日デパートで買い物をしていると、中近東っぽい英語を話す男性が店員に話が通じず困り果てていた。「私が助けてあげる番ね!」と思い、彼の言わんとすることを店員に伝えると瞬時に解決した。お世辞にも美男とは言えないその人は上品な物腰で、
「助かりました。論文が書き上がったら親切な貴女にも送ります」と言って名刺を差し出した。レバノンの大学の教授だった。
海外旅行は観光の楽しみだけでなく、世界中のあらゆる人たちとの出会いもあるから興味深い。結局この教授は日本人の親切な女性が気に入ってしまったようで、毎日手紙を送ってきた。ある時、航空チケットを用意するからレバノンに来ないかとお誘いがきた。当時、桐島洋子女史の本を読みあさっていた私は、「行動的な桐島さんならチケット握りしめて行っちゃうのかな」と思いつつ、お断りの文に結婚を考えている人がいますと添えて手紙を送った。
南仏コートダジュールではモナコの「エルミタージュホテル」で晩餐会が開かれた。ワインカラーのロングドレスを着た私は独身時代最後の(最後にする予定の)海外旅行の思い出を胸に刻んでいた。(新城市)
三遠南信Biz2023年8月号掲載
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2024年3月号掲載「ヨシコの七不思議」 |
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